藁谷郁美先生

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藁谷郁美 Ikumi Waragai
総合政策学部教授
政策・メディア研究科委員

【新入生へのメッセージ】
SFCに来たら、いろんな科目が最初の足腰として必修になりますが、とにかく「言語」(外国語)は最初のうちに基礎として持っておくこと、これはとても重要だと思います。
英語は既に高校でじゅうぶん勉強してきたと思いますし、これからも英語の勉強を避けて通ることはできないでしょう。ただ、「英語もできないのに他の言語は、「英語人がよくいますけど、これは大きな間違い。そんなふうに考えていたら、英語以外の言語はたぶん一生勉強できない。英語以外の言語を学ぶことは、視野をもうひとつ増やすことになる。とても大切な世界観のひとつにつながりますよね。

一つの言語を勉強することによって、一つの窓が開く。よく比喩的な表現としてこんな言い方をしますけど、別の窓が開くと、今まで見えていなかったことが見える。同じものを見ていたはずなのに。言語っていうのは字面じゃなくて、価値観とか視野といった、今まで狭かったものが、「なんだこんなに広かったのか」「こんなに多様なものだったのか」ってわかるための最初の重要なスキルですよね。

だからこそ、英語以外の言語を何か一つ(できる人はそれ以上に)、別の窓を開くことが、自分の見る世界を拡げることにつながる。いろんな専門分野にもつながってくる。多様な学問分野を学べるSFCにいるからこそ、そうやって言語も、講義も、生活も、すべてが脈々と連動するのだと思います。

SFCは「文学」や「経済学」といった、既存の枠で学問を捉えることをせず、学問分野はすべて横断的に連動しているのだ、という視点に立っています。これは学問分野だけにとどまらず、自分の生活環境、思考、生き方すべてが、横断的に、ダイナミックに、連動するのだということ。新入生のみなさんには、ぜひこのすばらしい環境のなかで、のびのびと、考え、行動して欲しいと思います。

□先生のドイツ語学習・留学時代

-先生ご自身が、ドイツ語を始めたきっかけはなんだったんですか?

今から振り返って考えて“そうだったのかなあ”って思うのは、中学くらいの時だったかな。吹奏楽をやっていて、その頃はカラヤンが全盛期だったんですよ。

-はい

それで、ドイツとか、ドイツの音楽っていうのはいいなあ、って雰囲気が周りにあった。それに付随した理由では・・・吹奏楽部なかに、ちょっといいなあって憧れる男の子がいたわけ。

-あー!

指揮者だったんだけど、当時ラジオで放送されたベルリンフィルのコンサートをテープに録音してくれたりして(注:当時はインターネットやYouTubeは無かった。ちなみに「テープ」とは、カセットテープの意味。当時の録音手段として一般的)。それを夢中になって聴いたなあ、という思い出があります。ドイツっていいなとか、ドイツ語っていいなって思った萌芽は、多分あの頃の体験にあったのかなって思います。

-ちょっとそこで、興味を持ち始めたかなってところだったんですね

そうですね。だから当時は意味が全然分からないまま、ドイツの歌曲を一生懸命聞いて、音だけ再現して歌ってみたりとかね、そういうことを面白がってやっていた時期でしたね(笑)。

そうなんですね!ドイツ語を実際に始められたのは、大学からですか?

そうです

-それは、英語のほかに第二言語としてでしょうか?

いや、もう独文だったので、本当にもう「ドイツ語を」っていうことで始めました。その頃は音楽にも興味があったんだけど、フェミニズム運動に強い関心を持っていた時期があって、そういった社会批判文学に傾倒してました。

-へえ!授業はどれくらいドイツ語を習われていたのですか?

たぶん、今のインテンの学生と同じくらいかなあ(※)。
(※インテン…インテンシブ。週4日で行われる。)

-留学っていうのは、結構皆行くものでしたか?

それほどでもなかったけれど、海外研修などは比較的行く機会があったかなと思います。私も最初は、海外研修でボン(Bonn) 大学に行ったんですよ。夏季海外研修に行って、結局そのまま、もう修士も博士も、ずーっとボンにいました。

-そんなに長期間いらしてたんですね!

そうですね。最初の修士号取るまでが2年で、そのあと一年帰ってきて、それから博士号取るまで3年。後半は、住まいがベルリンにあったので、ベルリンとボンを往復しました。ドイツって9割強が州立大学なので、大学間の単位認定がとても合理的なんですよ。

だからどこで単位とっても、自分の所属する大学に認定対象の単位として申請が出来るんです。だからあのころは、主専攻が独文学で、副専攻には芸術史を選択したのですが、芸術史の単位はほとんどベルリンで取得して、最後にボン大学でまとめて単位認定してもらいました。

-海外研修いってから、ずっとドイツにいらっしゃるということですよね

そうですね。マスターとドクターの間、1年間日本に居ましたけど。

-ほとんどドイツで、過ごされて。ホームステイはされましたか?

してないです。学生寮か、WG(※)ですね
(※WG…お風呂やキッチンなどの機能をシェアして住む住宅)

-寮や WGの方がホームステイより良かったんですか?

そうですね。ある家庭の中に入るっていうのは、相性が合えばいいですけど、それって事前に分からないじゃないですか。もしだめだった時に辛い。色々他から聞いていたので、ちょっと、自分にはあわないかなと思ってやめました。だから学生には、自分からホームステイが良いっていう学生には薦めるけど、でもそうでない学生には「ホームステイが良いよ」っていう薦め方はあまりできない。

-たしかに、それはすごく思います。留学中に、一番インパクトに残ったことって覚えてらっしゃいますか?

インパクトっていうか、そうねえ、修士のころかなあ、とにかく苦しかったですね!

-え!それは何が苦しかったんですか?

卒業するための、単位の取得が。

-はー

単位全部取して、その後修士論文書いて、修士最終試験を受けて、それを2年以内に終わらせる。しかも留学生だったし、私はそれ以上卒業を延長できなかった。そうすると、事前に全部計画をたてて「一つでも落とすと、私はもう卒業できない」っていう背水の陣で。もう、クリスマスも関係なかったですね。とにかく図書館に夜中の12時までいました。年末の時期なんかは図書館に私一人だけっていうのもありました。夜、試験に落ちてどうしようと思って冷や汗かいて目が覚める生活。

-えー!

ノイローゼになりそうでした。とにかく毎日あんなに勉強したことなかったですね。

-逆にドイツ語をやっていて、ここは楽しかったなぁっていうのは、学部中から博士までいつでも大丈夫なんですけど、ありますか?

学問からちょっと離れますけど、全部終わって日本に帰ってきて、しばらく通訳などしてました。ワイン関連の。

ドイツのブドウ農園の作り手で、「土をどうやってつくるか」「木をどんなふうに育てていくのか」っていうところから、醸造、瓶詰め、ラベル作成、マーケティングまで、ほんとうにいろんなことを教わったワインマイスターがいるんです。その人の「ものづくり」に対する信念に、私は心を揺さぶられたと言ってもいい。「真に良いものは、国境を越えても変わらないものだ」と。私は心から共感して、ワインのプレゼンテーションや交渉に付き添って通訳をしたものです。その時に痛感したのは、通訳って言語だけの問題じゃないんだなっていうこと。文化的背景も思想も異なる者同士のコミュニケーションを円滑にするには、まず双方のもつ知識を通訳者が知らなければならない。何をどこまで前提に話すべきなのか。それを踏まえた説明をしなければ、ただ「音」を発するだけの無意味な介在者です。そして、そのときのポイントは何か。伝えたい事は何か。それを理解していなければ、商談も成立しない。言葉の面だけが分かっても全然役に立たない。

-なかなか難しいですよね。

 

□SFCのドイツ語

-SFCのドイツ語の良さって言うのは先生ご自身はどういう風に思っていらっしゃいますか?

SFCのドイツ語の良さですか?もう全部良いと思っていますけど(笑)。
うーん、そうだなぁ、ここで勉強して卒業した人は、卒業した後も高いモチベーションをもって言語に関わって生きているんじゃないかって思うんですよ。これは主観的にそう思うんですけど。「昔第二外国語でドイツ語を学びましたよ」という学びではないんですね。ここがSFCの、他とは違う素晴らしいところだと思う。

私がここに助手として来てからずっと、理念も教授法も変わっていないんです。だからかつてのドイツ語履修者が、卒業して何年たっても「あーそうだったね」ってキーセンテンスが言えるくらい。学び返しの出来るホームが有る。もちろん卒業して何年かしたら語彙は忘れちゃうけど、どうやって勉強したかっていうのは覚えてる。外国語学習の成功体験は残るんです。ドイツ語をあとになってもう一度勉強しようって思った時、自力でそれを再現できる。他の言語を勉強しようと思った時にも、同じことが言える。これはSFCの言語教育の特徴で、ドイツ語だけじゃなくて全体に言えることだと思うんです。構築した知識っていうのは時が経てば忘れちゃうけど、どう勉強したかっていうところは別。それが定着していると、「あ、あの時こうだった」って成功体験が自分の中にあるから、もう一度学習できる。自分の力で。そこはとても良い所だと思います。

-先生自身がドイツ語を教える時に、こうやって教えようって意識されていることはありますか?

「自分で問題発見と解決」。これはお題目ではなくて、我々の理念であり、アプローチだと思っている。たとえ簡単な文法規則であっても、ただ単に「これを覚えなさい」式のことは絶対にしない。 “考えるプロセス”を全部シュミレーションして、そこに上手く導けるように、いつもこの形で定着させられる様にとは心がけています。

-それがやっぱり履修者の成長につながる

その方が長期的に見た時、言語能力の定着につながりやすい。今言ったように、短期的な記憶っていうのは受験が終わると忘れちゃうのと同じように、その場限りですよね。
あとは今何で勉強しているのかっていうことの、一人ひとり違ったモチベーションを意識させることでしょうか。留学や海外研修を勧めたりするのも、自分の人生設計の中でとても大きな出来事だから、自分で考えるきっかけになるじゃないですか。

-そういうことを学生が達成できていると、先生ご自身も楽しかったりっていうことはありますか

SFCは一年生で入ってきたときから、学年によってキャンパスを分離していない。みんな、ずっと同じキャンパスにいるわけです。研究会には1年生から大学院生までいる。そうすると、新入生は常に先輩たちと接することになる。「あーこういう進路もあるんだな」「こういう生き方もあるんだな」っていろんな事例をみながら自分の計画を立てていくわけでしょ。先生との距離も近い。これは恵まれた環境ですよ。SFCにはそれがある。
あとは、一つの分野だけでなくて、いろんな分野があって、友達もいろんなことをやっているでしょう。そのなかで、これまで思ってもみなかった方向や価値観に気づく。そして自分を見直す。自己の相対化ができる場です。

-それはSFCの最大のメリットですね

そうですね。SFCにいると、これがあたりまえだと思うかもしれないけど、実は全然そうじゃない。

-SFCは良い所なんですね、改めて。

本当に良い環境だと思いますね。他の世界をみたければ勿論自分で調べて所属すればいいこと。ただ、やっぱり自分の育つ環境は、生き方に決定的な影響を与えるものだと思います。

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藁谷先生ありがとうございました!留学時代のお話しから、留学のリアルな辛さ、そして楽しさが伝わってきました。そのうえで藁谷先生ご自身の考える言語を学ぶことの重要性が見えてくるようなお話しでした。その重要性を大事にしたSFCの言語教育の強みが、このインタビューから伝わると幸いです。

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